Re: 高賀の懸仏
mms-t
投稿数: 465
解りやすく説明していただいてありがとうございます。
引用:そのとおりなんですが、ただ、自然教(自然崇拝、祖霊信仰)→ →現在の「神社思想」なんですよ。 つまり途中、仏教が「本地垂迹説」で自然崇拝、祖霊信仰に乗っかってきたかたち、それが政治と結びついて表舞台にでていったのです。 が、しかし、 人心の根底には、あくまでも自然崇拝、祖霊信仰があるんです。
引用:
「神社思想」、自然崇拝、祖霊信仰には明確な教義・経典の類はなくしかも、その伝統は口伝、阿吽、以心伝心、身体会得などで受け継がれている面が強いと考えます。はじめに「言葉ありき」とする西洋の合理主義的な明文化はなされていないんです。 「神仏混合」についても同じで、教義と言える経典的なものはないんです。 ただ問題は、今の若い神主さんたちは、明治以後にできた「神道」の神社庁で勉強してきているため、自然崇拝、祖霊信仰の考えが欠落していると、神と仏の同居は理解しにくいというか、そうしてはダメみたいな考えも出で来ると思います。
なんか難しくなってしまいました。
引用:
高賀には、自然教→仏教→現在の神教の系譜があることは分かります。 廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)が、仏教→現在の神教の過程でおこったように、懸仏を生んだ本地垂迹説は、自然教→仏教の過程でおこったことですね。
引用:
とすると、仏教→現在の神教の過程で、神仏混合の教義がないのかと考えたのです。
「神社思想」、自然崇拝、祖霊信仰には明確な教義・経典の類はなくしかも、その伝統は口伝、阿吽、以心伝心、身体会得などで受け継がれている面が強いと考えます。はじめに「言葉ありき」とする西洋の合理主義的な明文化はなされていないんです。 「神仏混合」についても同じで、教義と言える経典的なものはないんです。 ただ問題は、今の若い神主さんたちは、明治以後にできた「神道」の神社庁で勉強してきているため、自然崇拝、祖霊信仰の考えが欠落していると、神と仏の同居は理解しにくいというか、そうしてはダメみたいな考えも出で来ると思います。
なんか難しくなってしまいました。
投票数:1
平均点:0.00
投稿ツリー
- 高賀の懸仏 (mms-t, 2005-10-14 20:02)